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デジタル展示室


令和2年度企画展示1
「皇室と香川県 -大正の大嘗祭と昭和・平成の行幸・行啓」

皇室と香川県



開催期間: 令和2年5月22日~8月23日

 チラシ [PDF 1,406KB] は、こちらからご覧になれます。

 令和元年は5月1日に天皇陛下が即位され、元号は平成から令和へと変わるなど、新しい時代の幕開けの年となりました。令和も2年目を迎えた文書館の夏の企画展は、皇室と香川県のかかわりを、文書館所蔵のアーカイブズからご覧いただきました。
 大正の大嘗祭で主基地方に選ばれた香川県。新穀をはじめとするさまざまな品の献納の為に奔走する県民の姿がありました。
 また昭和、平成の時代を通じて、天皇皇后両陛下の行幸啓をはじめとする皇室の方々の香川への来県は、多くの県民にとって皇室を身近に感じるよい機会となりました。
 そうした皇室と香川県のかかわりを伝える数々の資料を紹介いたしました。

<展示内容>
(資料数37件)

①  大正の大嘗祭と香川県: 大正時代の大嘗祭では香川県は主基地方に選ばれ、綾歌郡山田村(現在の綾川町)に主基斎田を決定した。主基斎田からの新穀のほか、様々な献納品の準備に県を挙げて取り組む様子を紹介。
② 香川県への昭和の行幸・行啓: 昭和25年(1950)の行幸や昭和28年、42年の行幸啓と歓迎する県民の姿を当時の記録から紹介。
③ 香川県への平成の行幸・行啓: 平成5年の東四国国体など多くの全国大会が香川で開かれ、それに伴って来県された皇室の方々の姿を、当時作られた記念誌から紹介。

<主な展示資料>(資料はすべて文書館蔵)

(資料1)
主基斎田記録


(資料1) 
「主基斎田記録(すきさいでんきろく)」 
   大正7年(1918) 香川県
 主基斎田の経営について、その事務の完結までの全てがまとめられた記録。大正3年2月5日斎田点定の儀が行われ香川県を主基地方に決定。展示箇所はその際の宮内大臣より香川県知事にあてた令達文で、香川県ではこれを受けて斎田の決定事務を行うも、皇太后の崩御により即位の礼、大嘗祭は翌大正4年に延期された。


(資料2)
主基斎田写真帖


(資料2)「主基斎田写真帖(すきさいでんしゃしんちょう)」 
   大正5年(1916) 香川県内務部
 主基斎田とその関連施設や関係の人々、田植えから刈取り、精米までの作業風景に加え、机代物米や粟などの準備に努める県内各地の様子を掲載。展示は供納米の輸送場面。斎田より収穫され選別された供納米は、大正4年10月16日早朝山田村を出発、県庁を経由し高松港より海路宇野港へ、宇野駅で鉄道に乗り換え翌17日早朝には京都駅に到着、大嘗祭の行われる御所へ納められた。


(資料3)
香川県行幸誌


(資料3)「香川県行幸誌(かがわけんぎょうこうし)」 
   昭和26年(1951) 香川県
 昭和20年8月14日、日本はポツダム宣言を受諾し戦争が終結した。そうしたなか、甚大な被害を出した国内を巡遊し国民を励ますため、昭和21年~29年の間に沖縄県を除くすべての都道府県への巡幸が行われた。香川県へは昭和25年3月13日より5日間にわたる行幸があり、県内各地の視察が行われた。資料はその記録で、行幸の様子と歓迎する県民の姿が見られる。


(資料4)
行幸誌


(資料4
)「行幸誌(ぎょうこうし)」 
   平成6年(1994) 香川県
 平成5年に香川・徳島両県で開催された第48回国民体育大会「東四国国体」には、秋季大会開会式への臨席のため行幸の天皇陛下に加え、秋篠宮同妃両殿下、清子内親王殿下、常陸宮同妃両殿下、寛仁親王同妃両殿下がそれぞれ来県された。資料には皇室の方々による、県内各地の視察や国体の各競技をご覧になる様子が収められている。